02






 夜になるとにわかに降り出した雪は、祝い火に炙り出されて儚く舞う。
足元から立ち上がるかのような寒さの中、祝言の座敷で待つ家臣たちの前に、相馬方より到着した花嫁が姿を見せた。
慣れぬ待女房に手を引かれ、衣擦れの音だけを立てて進む白い影。俯きがちだが、皆一様に座しているため、その顔ははっきりと見て取れた。
深窓の姫など聞こえはよいが、どうせ貰い手のつかなかった衒妻だろう。
そう高を括っていた座敷に居並ぶ諸侯凡てに、迸る様な衝撃が走った。
化粧をしているとは言え、元の顔立ちがはっきりとわかるきりりとした顔。下げた視線の元を覆う長い睫毛に、洗われた御影石のように瑞々しい瞳。唇の山形がはっきりしている所為か、引いた紅が一層引き立てられ悪戯に視線を誘った。収斂される白い面はどこか気だるげだが、嫁入り前の抑鬱と取れなくも無い。
なだらかな頤の線は細く、触れれば溶ける奥州の雪を具象化したようだ。
予想外の出で立ちに息を飲む家臣の中、当の本人はあっけなく上座に設えられた自分の席に居座った。
先に座し、眼を閉じて微動だにしていなかった政宗に、ちらとも視線を注ごうとしない。内裏雛のように身じろぎ一つせず、口こそ開かないもののさざめく人々に臆することも無い。
味方、どころか身内すら一人もいない只中。
はひとりピンと張った背筋のまま、ただ前を見据えていた。






婚礼の儀も滞りなく終わり、披露の宴となった。
振舞われる祝い酒に家臣達が頬を染める中、線の細い姫君はやはりにこりともせずに淡々と儀礼をこなし、早々に宛がわれた部屋に下がった。
政宗は特にそれを咎めるでもなく、無礼講と称して騒ぐ部下に付き合って、悠々と酒を仰いでいる。
めぐりめぐって隣にすとんと腰を下ろした主君に、小十郎がぼそりと尋ねたのは、そんな時。

「…見越しておられたのですか」
「何を」
「その……奥方様の、ご容姿を」

言い難そうに搾り出した声音に、政宗は喉で笑い返す。

「さてね。草からは何も訊いちゃあいなかったから、俺はそのまま事実を言っただけだ」
「賭けだったと?」
「ある意味な。だが、俺は危ない橋は渡らねぇよ」

ゆるりと笑う表情の真意は見えない。ただ、すこぶる機嫌の良いことだけは、長年傍にいた小十郎にはよく判る。
恐ろしい人だと、漆の盃を口に付けながら溜息と一緒に飲み干す。
妾となると、戦国大名は美姫に目が無い。攻めて勝利すれば当然のように我が物にするし、政にも女の美醜は大事な要素。経国とはよく言ったものだが、戦で武を誇る猛将よりも、輝くばかりの珠の肌に未来を担う場合があるのだ。
そんな中で程の者が、これまで誰の目にも留まらず手付かずだった。これは小十郎だけではなく、家臣一様にとって信じられないことだった。
しかしその上で、相馬がこれまで後生大事に抱えていた秘宝を、あっさりと抜き出すこの主君は。
片膝を立てたまま手酌で酒を煽る政宗をちらと見て、小十郎は今度こそ隠さずに嘆息した。

「殿が何をお考えかはご説明頂きましたが、それでも私には未だ解せません。あのように清らかなお方がまさか…」

うっすらと虚空を見上げ呟く家臣。
政宗は面白そうな表情を返す。

「なんだ小十郎。お前あいつが気に入ったか」
「め、滅相も無い!殿の奥方に手を出そうなどと!」

にわかに顔色を変える真面目な家臣を見返し、「冗談の通じない奴だ」と天を仰いだ。

「まぁ、俺も内心驚いちゃいるがな。あれで指が揃ってりゃ完璧だ」
「…指、ですか?」

政宗がこくりと頷く。杯を置いた手で薬指をとんとんと叩いた。

「左手の小指。どういったわけか欠けてる。嫁の貰い手が無いわけだ」
「………よく、御覧に」

やはり、恐ろしい人だ。
ただでさえ身を固める無垢の合間から、覗く指先など一瞬にしか見えない。
特に彼女はしきたりなのかその怪我の所為か、両手に手袋を嵌めていたのだ。
小十郎が改めて舌を巻いているところへ、程よく酔った成実が突然どうとなだれ込んできた。

「よぉ梵、いいのかい花嫁ほったらかしにしてよー」
「寄るな酔っ払い。あと梵っつーのやめろ」
「俺の中で梵は一生梵なの。あんだーすたん?」
「言えてねぇよ」

歳も近く、気の合う二人がじゃれるのを見つめ、小十郎は漸く口の端を少し持ち上げた。
愛姫が亡くなられてから、城内に亡くなった朗らかさが戻れば良いが。
しかし―――
下がる間際に垣間見た、凍るような姫君の横顔には、あまり期待を寄せない方が良いのかもしれない。






寒い。
ものすごく寒い。
湯浴みをし鬱陶しい盛装を脱いでしまえば、次に襲うのはあからさまな寒波だった。
には乳母がいないので、当然連れて来るも来ないも無い。侍女は必要最低限の人数だけを侍らせ、生憎それももう下がらせてしまった。
仕方なく、運び込んだ荷物をとっかえひっかえ探り、何か暖を取れる着物は無いだろうかと、忙しなく漁っている。
火鉢は炊いている。が、それ以上に身が凍る。小高も寒かったが、多少北に行くだけでこれほど変わるとは。

「予想外…」

寝所に入ってしまえば楽なのだろうが、政宗のいない今、そんな勝手は許されないだろう。
いっその事とっとと来てやることやって寝てしまえば良いのに、と、若い娘にあるまじき考えがつらつらと過ぎる。
段々と腹が立ってきた。それほどまでにここは寒いのだ。
葛篭の中にはこれでもかというほど、煌びやかな着物しか見当らない。そういうものではなく、もっと普通に、簡素なものが良いのだ。しかし見栄しか詰まっていない荷物に、期待通りのものは現れない。
今のところの防寒具は長く垂れた髪だけだ。
しかしの髪は長さの割に細く、量が少ない。纏めるのに苦労するし、このままだと近い将来禿るのでは、と彼女は結構本気で悩んでいたりした。
頬に掛かる度鬱陶しいそれを、くるくるとねじって片方の肩に落とす。項は寒いが仕方ない。

「…背に腹は変えられないわね…」

ちら、と間引かれた閨を伺い見る。暖かそうな敷物に、これまた暖かそうな被り物。
上だけとって被っていれば良い。政宗が来そうになったら、ちゃあんと元に戻して置けばいいのだ。
ずりずりと膝で移動し、憎らしいほど白い掛け物に手を掛ける。

「気が早いな」
「っつ!?」

背後から忍び寄った声に、思わずびくりと背を反らせた。
既視感。案の定背中に痛みが走る。
痛みを堪えつつ恐る恐る振り向けば、何時の間にそこに居たのか。
なんとも渋い顔をした米沢城城主が腰に手を当てて立っていた。

「閨で待つなんて中々積極的だな。小十郎が泣くぞ」
「…どなたです?」
「いい、気にすんな」

自分から言っておいて…
置いてけぼりなの前で、政宗はどっかりと腰を下ろした。
すぐに腕を組み、ふんぞり返ってじろじろとを眺める。
かくいう彼女も多少居心地が悪かったが、怯む事無く政宗に合わせ、今度こそじっくりと夫殿を観察した。
着流しに着替えた姿は細い様でがっちりとし、一瞬だったが見上げた背も中々に高かった。鼻筋がすっきりと通り、髷は結ってはいない。先進的だと聞いたが、襟足より少し長い髪は猫っ毛で、そこが少し訊かぬ気の強い虎王に似ていた。
独眼竜の異名通り、その片目は黒光する眼帯で隠されている。鋭利で綺麗な顔だったが、目付きの悪さはがこれまでにあった人間の中でぶっちぎりだ。
一通り見終えたのか、眼球の動きを止めた政宗はくつくつと笑いつつ、改めてを見据える。

「いい面構えだ。口を利くのは初めてだな、お前がか?」
「ええ」
「ま、それもそうだ。俺が政宗だ」
「存じております」

はきはき返すを面白そうに見、やはり寒いのか、二の腕辺りを摩る。

「お前、寒くないのか? そんな薄着で」
「…だから、殿がいらっしゃるまで丸まってようと…」
「あー、なるほどな。あの散れ様もそれが理由かい」

言って指差したのは、先ほどまでががさがさと漁っていた荷物の山。
乱雑に引っ掻き回したので、運び込んだ面影なんぞ微塵も無い無残な荒れようだ。
しまったと思ったときにはもう遅い。元々片付けは苦手だ。
仕様が無いのでしれっとそっぽを向くに、政宗はやはり笑って返すだけだった。

「着てろ」

言うなり自分の羽織を脱いで差し出す。
流石のもこれには慌てた。

「とんでもないです。殿がお風邪を召しますよ」
「俺はそんなに軟に見えるか? 良いから着てろ。長い話になるんだから」
「ですが」
「早くしな」

それでも受け取らないに業を煮やしたのか、政宗は舌打ち一つでそれをの頭から被せかけた。
大きな羽織がいきなり降りて、視界が暗転する。慌てて頭から布を下ろした頃には、政宗はせっせと火鉢の火を強くしていた。
勝っっっ手な人だな…
仕方無しに大人しく袖を通しながら政宗を伺うと、どこかいそいそと炭を詰めている。細かいことが好きなのかもしれない。

「米沢は寒いだろ」

政宗が言った。

「…ええ」
「小高は良いな。同じ冬でも幾分楽だ。土も肥えてるし何せ海もあるし、兵糧には事欠かない。亘理の海には行ったが、あそこよりも温かいのか?」
「さあ」

にべも無いの返答は、岩城氏と争っている海岸線を慮ってのこと。
相馬のものであるが、相馬のものではない。そういう微妙な地帯なのだ。余計な事は言えない。
暖簾に腕押しのに、些か気勢を殺がれた政宗が嘆息する。

「そう邪険にすんな。やり方は汚ねぇがお前はもう俺のもんだろ。もうちっと愛想振りまくとか、そうじゃなくてもせめて会話ぐらいは真面にしろ」

この言葉に、今度はが息を吐く。

「愛想が欲しいなら、こんな女を娶らないことです」
「それが素ってか?」
「…まぁ」
「嘘吐け」

ざっくりと切り捨てるなり、政宗は「来い」と火鉢の近くで手招きする。
従わないわけにも行かないは黙って一つ息を吐き、膝だけでずりずりとにじり寄った。
といっても、口を開くこともしない。
政宗も特に言うことは無いのか、黙ったまま火箸で赤く燃える炭を突付く。
ぱらぱらと浮かび上がる火花を見ているうち、身体もちょうど良い具合になり、暫くするとゆっくり眠気が襲ってきた。
静かだ。
雪の降る凛とした気配しか、辺りには無い。

「寝んなよ」

ひょいと伸びた手が、俯いていたの頭を軽くはたいた。

「……寝ません」
「目が死んでんぞ」
「…そりゃ眠いですし…」
「…………まぁいい。もう寒くないな?」

言葉の矛先は着ている羽織だろうと、適当に当たりをつけたはさっさと脱ごうとしたが、政宗が面倒くさそうにそれを遮った。

「違う。いいからお前はそれ着てろ。米沢の寒さは慣れるまで辛い」

ふと、が一瞬だけ動きを止めた。
脱ぎかけた袖を戻し、肩を下げて押し黙るを上目遣いに見やって後、政宗は何も言わずに火鉢に視線を戻した。
また暫く、無言が続く。

「…あの」

痺れを切らしたのはだった。
小高の人間が見れば病気か何かとまごうほど、今日の彼女は別人のように大人しい。
政宗は視線を交えず、取り出した煙管に葉を詰めながら返す。

「なんだよ」
「お休みになられないのですか」
「…そんなに眠いんか」
「まぁ、それもありますけど。側女の部屋にやってきて何もしないのも妙だと」

ちらとを見上げ、口元を手で覆うようにして葉を吸う。
ふう、っとゆっくりと吐き出した煙は、吐息も混じってやけに白い。嗅ぐと微かに知った匂いがした。これは蛇根木だ。

「抱いて欲しいってか」
「…どちらかといえば、No thank you」

てっきり怒りを買うと思ったが、意外にも相手は驚きに眼を見開いた。
もつられてきょとんとする。

「驚いた。お前異国語がわかるのか」
「…殿は、異国語を解するとお聞きしましたけれど」
「多少な。…いや……でもそうか、そうだよな。お前は解る筈だ」
「………?」

空いた片手で頭を掻き、政宗は酷く疲れたようにまた煙を吐き出した。

「んな怯えんなって。別に今日は何もしねぇよ。ただ面倒ごとはさっさと片付けようと思っただけだ」
「…面倒事」
「お前の薬」

ここまで直球だと、としてもどう反応していいか途惑うものがあった。
火鉢に灰を落とす政宗の手をじっと凝視する。
この手は煙管を握ったり女を愛でたり、人を殺めたりするのだ。

「やはり、わたしが薬師だとご存じの上で召抱えなさったのですね」

ぼそりと告げると、政宗は軽く肩を竦める。

「生憎女にゃ苦労してねぇんだ。相馬の連中には悪いが、お前が来たといってどういうわけでも無いね」
「お攻めになるのですか」

がほんの少しだが語気を荒げた。
政宗はしてやったりと薄く笑みを混ぜ、輝くような白と黒、苛烈な色彩を放つ女を見返す。

「そう急くなよ。何もそこまで外道な真似は……少なくともお前よりかはマシだな」

この揶揄に、は薄く微笑んだ。

「その外道の業を、訊き出したいのでございましょう」
「そうだ。あれは一体なんなんだ」
「言えません」

きっぱりと言い放つに、政宗の眼光は俄かに鋭くなる。

「言え」
「出来ません」
「くどいぞ」
「あれは、口にするものではございません」
「…調子に乗るなよ」

ガン、と硬い音がした。政宗が煙管を火鉢の縁に叩き付けたのだ。
砕けこそしなかったものの、薄く練られた表面はものの見事に罅が入っている。
はつとそれを見つめてから、襲い来る苛烈な視線から逃れるため、黙って眼を閉じる。

「俺が、お前に、今ここで命令してんだよ。だからお前は言うんだ。手前の意思なんて必要ない、とっとと吐け」

低く重く、圧し掛かる声。叔父や祖父とは全く違う威圧感に、さしものも背筋が凍った。
だが、どこかで覚悟も出来ていた。やはりか、とも思う。
つと細い指が胸元を探り、忍ばせた懐剣を握る。
政宗はすぐに気づいたようだ。

「…何の真似だ」
「元より、こうするつもりでございました。殿が真実わたしを見初められたのならばよし、違うのならばすぐさま果てると」

政宗が薄く笑った。

「お前が死ねば相馬は恥をかくぞ。俺にも攻める口実が出来る。不貞を働いた女郎の生家だとな」
「ご懸念無く。辱めは元より承知でございます。ですが、和議の貢物に世間が向けるは憐れみの目。相馬を前方に据えた上でどちらに分があるか、明白でございましょう」

伊達氏の危うい立地条件、立場を指すの言葉に、政宗の眼光は音を立てるかのように鋭くなる。
この女は凡て見越した上で嫁いで来たのだ。
いや或いは。

「盛胤の指図か」
「いいえ。…叔父上にも、止められました」
「…も?」

答えないまま、思わず瞳を開いて苦く笑えば、固く身構えた政宗の姿も目に入る。
わたしが刃を振りかざすとも思ったのだろうか。勝てるわけが無いのに。
そこまで莫迦では無いと、少し相手に怒りが湧いた。

「そもそも、如何してお知りになったのですか。捨て置いてくだされば平和でしたのに」
「何故ってお前、阿呆か」
「な…」
「戦場であれだけほいほい使ってたら、俺でなくても気づくだろ普通。お前は実際見てないかも知れないが、それ位明らかにおかしいんだよ。凄まじいtensionで向かってくるかと思えば、急に世の中に絶望したように大人しくなりやがる。陣所に戻ったやつはまた最初からの繰り返しだ。薬以外に何がある? 婀娜な賛助か?」

高圧的に吐き捨てる政宗に、はふっと短く嘆息する。

「なれば、殿は死体の胸元をお探りに成られたのですか」
「大元を断つ為には致し方ないだろ」
「…外道」
「お前が言うか」
「ええ、最後ですから」

然も何てことは無いような軽い調子では今度こそ懐剣を抜きつけた。
が。

「っ!?」

きぃん、と硬い音が響いたかと思うと、何処からともなく投げつけられた苦無に手元の小刀は弾かれる。
咄嗟のことに反応が遅れ、気づいたときには政宗の腕が間近に迫っていた。
ぐんと肩を押され、そのまま斃れこむ。
彼は驚きにまだ眼を見開いたままのの細い手首を一纏めに押さえ、動きを封じた上で天井を見上げ口笛を吹いた。

「Good job! 流石だな。もういいから下がってろよ」
「…!草!」
「そういう事。今一歩抜けてんな、姫」

文字通り見下ろしながら嘲笑され、さしものも唇を噛む。
先ほど前での態度は彼女を煽る演技だったのか、政宗は手の平を返したように上機嫌だ。
頸をそらせて飛んできた苦無を見れば、ごく小型の軽いもの。お陰でに怪我は無いが、あんなものを易々と扱うとなると…

「俺の忍は優秀だろ」

自慢げな声が後を補う。
隻眼は弧を描き、凶悪に笑う口元から八重歯が覗いている。

「さーこれで自害の心配はなくなった。つーわけでとっとと吐きな。何遍も言わせんじゃねぇよ」
「っな……!」

屈辱的な体勢と口調に彼女は一度口を大きく開いたが、やがて漸うと閉じられる。
叫ぶでもなく罵るでもない。
一度、辛そうに深呼吸をする。

「…離してください。もう、戎具はありませんから」

とりあえず精一杯に身を捩り、覆い被さる顔から眼を背ける。

「……中々」

残る政宗の腕が、反らしたの首に掛かった。

「小賢しいじゃねぇか」

ひやりとした冷たい手の平。の身体も随分と冷えていたが、温度以上に背筋に駆け上がるものがある。

「状況と体勢だ。今後どうなるか、わかってねぇわけじゃねぇんだろう。俺の気が変わらない内に吐いた方が、お前も後々辛くない」
「………ッ」
「どうする」

じりじりと、咽喉が扼されてゆく焦燥感。
痛みと呼吸の切なさが強くなる。
ごつごつと骨張って乾燥した、大きな手だ。
殺そうと思えば、何も自害に持ち込まずともあの時取り出した刀を奪い、あっさりと始末できたはず。
―――これは人を殺す手。
酸素が空しく消えていく中、の口が持ち上がった。

「…何が可笑しい」

訝る政宗の声が響く。
応えることの出来ないはゆっくりと、逸らした視線を被さる主人に合わせた。

好きにすれば良い。

ではなく


―――殺せ。



政宗が僅かに瞠目した。
盛大な舌打ち一つ、の上から乱暴に退く。
呼吸が自由になった途端、彼女は弓形に身体を反らせ激しく咳き込む。
片手を付いて身を捩り、畳に顔を伏せながら荒い息を吐く細い身体を見つめ、政宗はなんとも言い難い後味の悪さを味わった。

「…最初から、そのつもりか」

応えず、黙って肩を上下させる姿は驚くほど華奢だ。掴んだ両手首も片手でぐるりと握れるほど。
一度巌の様な己の手を見下ろし、徐々にまともな呼吸を繰り返そうとするを見つめ直す。

「俺に殺させる魂胆か…成る程、考えたな。確かにそれじゃあ後腐れは全部こっちに引っ被ってくる。相馬はただ泣けば良い。後は如何様にも、周りの蠅ががなり立てて来るってか」
「…もう少し、でしたのに」

けほけほと咽せるしなやかな身体。伏せた目に睫毛の翳が溜まっている。

「阿呆が。目は口ほどにものを言うって知らねぇのか」
「普通、わかりませんよ。殿が存外明達でいらっしゃるから………ああ、失敗した。残念」

はー、と大きく息を吐き、崩れた足と寝間着を整え胸を押さえる。雪のようだった面が上気し、目は潤んで赤い。
胸中で嘆息した政宗は、改めてしげしげとを観察した。

「…つくづく妙な奴だな。お前、自分の命はその程度のものなのか?」
「……わたしのもの、ですから」
「だからだよ。伊達に輿入れしたんだ、生家に構わずとっとと吐けばいいんだよ。そうすりゃお互い気楽だろう?」

は油断のならない隻眼をちらと見、やはり無表情で頭を垂れる。
そのまま彼女は何かを言うだろうと、政宗はじりじりしながら待つのだが、は口を開こうとはしない。
無言のまま距離を保つ二人。
ややあって、負けたのは君主だった。

「…わーったわーった、もういい。…ったく、意固地な女だな。全然かわいくねぇ」

がりがりと頭を掻いてそのまま煙管に手を伸ばし、癇癪の序に壊した箇所に眼を顰め、そのまま火鉢の中に投げ捨てる。
玻璃は瞬く間に灰に汚れて見えなくなった。
手持ち無沙汰なのか、両手を意味なく握ったり開いたりした後、凍ったように動かないの横顔をちらちらと見ては溜息を吐き、やがて仕方無さそうに立ち上がる。
このようやくの政宗の行動に、初めては顔を上げた。
きょとんとした白い顔を憎憎しげに見下ろし、政宗は盛大に鼻を鳴らす。

「とっとと寝ろ。暖にする気も起きねぇよ」






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 大体こんな仲具合で… いいんでしょうか(訊くな)
そういえばBASARAのゲーム内で誰が好きかと言えば、わたしはまごう事無く本田忠勝を推します 推します
彼(??)と宮本武蔵だけレベルMAXというこのわかりやすさ。 力こそ正義だ!