第二十一話


 男二人が修羅界を訪れているころ、茨城は鬼灯の言葉通りすみれに誘われショッピングに赴いていた。場所は高級老舗百貨店を始め、ハイからファストまでのブランド路面店、おまけに古着屋まで揃う一大ファッションストリートである。通りは個性的な若者で溢れており、それぞれが好き勝手な格好で思うがままに練り歩いている。私服に着替えた茨城が相変わらずの虚無僧姿でうろうろしても、特に大きな混乱は起きなかった。むしろ、衆目の視線を集めているのはすみれの方である。

「あ! ねっねっ、あれ可愛くない!?」

 ご機嫌で通りを見渡し歩いていたすみれが、突如歓声を上げて彼方を指さした。茨城がそちらをみると、いかにも高そうなハンドバッグが硝子越しにディスプレイされている。

「あ、はい、そうですね、とっても可愛らしい…」
「きゃーやっぱそう思う!? よーし買っちゃお!」
「ま、まだ買われるのですか?」

 戸惑う茨城をおいて、すみれが早速店内へ突撃する。手早く店員を呼び件の商品を用意させている間も、次々と服を手にとっては身体に当て、鏡の中の自分を睨みつけている。しげしげと陳列された洋服を物珍しげに眺める茨城をちょっと、とせわしなく呼びつける。

「アンタ、これ着てみなさいよ」
「ええっ!?」

 そういって手渡されたのは、全身にスパンコールが縫いつけられたロングのワンピースである。九分丈の袖からフレアーの裾まで、ミラーボールも真っ青の輝きぶりだ。茨城が遠慮がちに、しかしはっきりと首を振った。

「よ、洋服はちょっと…、着方もあまりわかりませんし、」
「なによ、つまんないわね! アンタも女ならちょっとは露出しなさいよ、露出!」

 そういうすみれの装いは、目にも鮮やかなレオパードのミニワンピースに真っ赤なピンハイヒール、つばの広い女優帽には薔薇のコサージュをあしらい、とどめのようにレースの手袋である。本来の性別らしい長身に不思議なほどよく似合っており、言葉通り艶やかな脚線美を惜しげもなく披露している。どこからどうみても男性だが、文句なく美しい彼女の両脇は今、茨城では到底持てそうにない大量の紙袋でふさがっている。

「沢山買われましたねぇ…」

 新たに買い上げたバッグの包みを受け取り上機嫌のすみれを見上げながら、茨城がしみじみという。その様子に、店の戸を押しあけ、大量の荷を軽々と担ぎながら、すみれがあら、と漏らした。

「いけない? 今日はぱーっといきましょ、って最初に言ったじゃない」
「いえ、羨ましいなぁって。わたくし、未だに自分で何かを買おうと思っても、よくわからないんですよね」

 小首を傾げながら、茨城が連綿と連なる店を眺める。すみれがわずかに嘆息した。

「まぁねぇ、アンタは筋金入りのお嬢だもんね」
「そうでしょうか?」
「そうよ。だからアタシが見繕ってあげてんのにさ、さっきから断ってばっかり!」
「すみません…」

 茨城が苦笑いで謝った。しかし、こればっかりは曲げるわけにはいかない。すみれが進めてくる物は、茨城には前衛的すぎるのだ。先程のスパンコールワンピースはましな方である。

「でもよかったわ、思ったより元気そうで」

 再び別のブティックに入り、居並ぶ店員に傅かれながら服を選びつつ、すみれが言った。勧められるまま傍のスツールに腰掛けていた茨城がその言葉に顔を上げる。

「? なにがですか?」
「アンタよアンタ。ずいぶん落ち込んでるって聞いたもんだから見に来たけど、そうでもなさそうじゃない。ホッとしたわよ」

 網レースが顔を覆う形に作られた帽子を取り上げ、被りながらいうすみれの台詞に、茨城がえ、と首を傾げる。

「落ち込んでるって、どなたがそんなことを…、」
「アンタのジョーシ! あの顔の怖い官吏様よ」
「ええ!? ど、どうして? いつお会いになったのですか!?」

 慌てる茨城が息せききって尋ねるのに、すみれはんーと色っぽく小首を傾げる。

「いつって、ちょっと前よ。夜中突然やってきてね。アンタがずいぶん落ち込んでるから様子を見てやってくれ、ってね。アタシ、獄卒の官吏なんて頭の固い馬鹿ばっかだと思ってたけど、あの旦那はなかなか話の分かる御仁なんじゃないの」

 いい上司じゃない、とすみれが茨城の笠を叩く。なにも言わず、茨城は笠の頭を少し俯ける。なによ、とすみれが怪訝そうに聞くのに、いえ、と緩く首を振る。

「少し…怖くて」
「怖い?」
「今まで、よくしてくださった方は、大抵あとで、その…、」
「ああ」

 すみれが合点がいった風に事も無げに頷いた。そして、ないない、と軽く掌を降る。

「アイツ、そこそこ生きてる鬼神でしょ? じゃヘーキでしょ。大体ね、あの手の男は仕事が恋人みたいなもんよ。今までのクズと違って自分の首を絞めるような馬鹿なことはしないわ。ソッチのことは後腐れのないところで済ませちゃう感じ」
「そ、そうですか…」
「なに、照れてんの? やぁねぇこのコは生娘じゃあるまいし!」
「す、すみれさんたら! おやめください!」

 憤慨した茨城がすみれに取りすがるも、相手はケラケラと笑って身軽に交わす。そのまま、くるくると回ってふたりで笑いあっていると、高級店らしい重厚なドアのカウベルが涼しげに鳴った。

「ぁぁあああーーーー!!」

 いらっしゃいませ、と店員の涼やかな挨拶を遮り、聞き覚えのある甲高い絶叫が轟きあがる。驚きながら茨城が振り返ると、豪奢な金髪の女が文字通り般若の形相でこちらを指さしている。

「あんた、いつぞやの妙ちきりんじゃない! なんでこんなとこにいるのよ!?」
「い、茨木様!?」
「うわ、最悪」

 げろげろ、とすみれが眉間に皺を寄せてつぶやく。ここであったが百年目、と茨木嬢がきれいにデコレーションされた鋭い爪を翳しながら、大股で近寄ってくる。

「今日こそ邪魔ものはいないわね! あんたの面、拝ませてもらうから!」
「え、いや、その」
「駄目に決まってんでしょ、このアバズレ! うちの茨城に近づかないでちょうだい!」
「ぁあ!? なによあんた!」

 妙なところで戦いの火蓋は切って落とされたらしい。茨城を背にかばい、掌をつきだしたすみれに茨木嬢が牙を剥く。そのまま両者にらみ合い、再び研ぎ澄まされた舌鋒同士が火花を散らそうとした、まさにそのときである。

「どした、なんかもめ事か」

 ビク、と茨城の肩が盛大に跳ねた。声の主はいかにも面倒くさそうなため息をつきつつ、茨木嬢の背後からのんびりとこちらにやってきた。子供がするように唇尖らせ、握り拳で軽く茨木嬢の頭をこづく。

「ったくおまえはよぉ、誰彼構わず噛みつくの、いい加減にやめろよな。店のヒトに迷惑だろ?」
「誰の所為だと持ってんのよ誰の!」
「いででででで、」

 お返しとして盛大に耳を引っ張られるのは、目にも鮮やかな赤毛を逆立てた長身の男である。茨木嬢と同じ双角を長く太く生やし、浅黒い肌に彫りの深い、野生味ある顔立ち。その頭のてっぺんからつま先に至るまで、すべて馬蹄をあしらった某高級ブランドのもので統一されている。一歩間違えれば嫌みったらしくくどい格好だが、よく鍛えられた精悍な体格には不思議としっくり収まっている。茨城がすみれの背に隠れ、両手で笠の縁をぎゅっと握り込んだ。

「あれ、ママじゃん! わー奇遇だねぇ!」

 ひとまず茨木嬢の攻撃から逃れたらしい男が、すみれにをみるなり嬉しそうに叫んだ。すかさず茨木嬢が再沸騰する。

「やっとゲロったわねこのどぐされ野郎! さあ観念なさい、この女どこの女よ!?」
「いや、この人男! マジで男!」
「うるさいわね! でかい声で男男いうんじゃないわよ!」
「なぁにが男よ!見え透いた嘘つきやがって!」

 場はカオスである。三人が三人ともぎゃあぎゃあと好き勝手に言い合っては胸倉を掴んだり掴まれたり、とくんずほぐれつ取っ組み合う。見かねたのか、あわてて駆けつけてきた店員らしき女性があの、と声をかけてくる。

「申し訳ありませんお客様、ほかのお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かに…」
「あ、ごめんね、うるさかった?」

 茨木嬢に首を絞めあげられたまま、涼しい顔で男が言った。ごめんごめんと笑顔で繰り返し、胸ポケットを探ってスマホを取り出す。片手ですいすいと操作し、そのまま耳に押し当てた。どうやら電話をかけだしたらしい。

「あ、もしもし俺だけど。あのさぁ繁華街にさ、店あるじゃん。いや山ほどあるけど。なんて店だっけここ?」

 茨木嬢の腕を払いのけ、声をかけてきた店員に問う。面食らいながらもその女性はおずおずと口を開く。

「M&Hでございます」
「M&Hだって。…ん? そう、服屋。茨木がよく来るんだと。この女また暴れて周りに迷惑かけてんだよ。店のヒトにも悪いじゃん?」
「誰の所為よ誰の!」
「お前の所為だっつの。…あ、で、なんかまだ突っかかってきてるからさ、面倒だしここ押さえてよ」

 ガミガミと未だ怒れる茨木嬢を片手で適当に押さえ込みながら、男が事も無げに言い切った。残る面々が首を傾げる中、そのまま二、三と言葉を交わして通話を切り上げた男が、にっこりと笑んで店員をみる。

「オッケー、話は付いた。今日からここ俺の店ね」
「は!?」

 唐突に告げられた言葉に女性店員が叫ぶ。途端、男が笑顔のまま側にあったトルソーを蹴り上げた。けたたましい音を立てて金のドレスが転がってゆく。室内はしんと静まり返り、脈絡のない暴力に萎縮した店員に男は再度小首を傾げて笑いかけた。

「は? じゃねーよ。この朱点童子様が新しいオーナーだっつってんだよ。で、お前クビ」
「じょ、冗談でしょ!? そんなのなんの権利があって、」
「じゃあ聞いてみ? 前のオーナーにさ」

 ほれほれ、と店員を手で追い払い、それで興味をなくしたらしい。女性店員が唇をかみ、身を翻して奥へ駆けていくのを既に見もしていない。自分が蹴り付けたトルソーを起こして、その状態を慎重に確かめている。

「あーあ、へこんだか?」

 成り行きを怒りの形相でみていた茨木嬢が、腰に手を当て嘆息した。

「また無駄遣い? あんた馬鹿じゃないの?」
「うるせーな、誰の所為だと思ってんだよ。それにお前欲しいもんあったんだろ。手間省けたじゃねーか。全部持ってっていいぞ」
「あんたの反省が見えないから罰として買わせてんのよ! それを親の金頼るなんてどういう了見よ!?」
「あーはいはい、俺が悪い俺が悪い。でも、そんな俺が好きなんだろ?」
「アンタ、ほんっっっっとに…!!!」

 再度怒りに燃える茨木嬢が男につかみかかり、そのまま二人は何事かと口やかましく口論を開始した。とはいえ、主にがなっているのは茨木嬢であり、赤毛の男は終始ヘラヘラと笑って交わしている。その顔、その声、その姿。二千年ぶりに間近でみても、何一つ変わっていない。

「朱点…」

 茨城の呟きを拾ったのは、幸いにして彼女を背に庇うすみれだけだった。肩越しに振り返り、深編笠の縁をぎゅっと握り締める彼女の白い手をみて、すみれが行くわよ、という。

「こっそり逃げましょ。あの女はやっかいよ」

 茨城はなにも答えず、ただ立ち竦んでいる。ち、とすみれが舌を打った。

「しっかりしなさい、茨城!」
「っ、」

 茨城が我に返り、唇を噛みしめたときである。

「ねぇ、何の話?」

 いつのまにか、怒れる茨木嬢を身軽に交わして朱点童子が迫っていた。ビク、と身を竦ませる茨城を物珍しそうにしげしげと見る。

「へぇえ、なんか尖った格好してるコだね、この子ママんとこのコ?」
「そうよ、新しく入ったの」

 すみれがとっさに言い、さりげなく茨城を背に回す。茨木がはぁ!?と声を上げた。

「じゃあなに、そのコ男ってこと!? ほんとにアンタ関係ないわけ!?」

 朱点はこの台詞に軽く首を振った。

「知んないつってんだろ。はじめてみる顔だよ。顔っつーのもあれだけど。まぁなんせ、俺が手を出すのはお前くらいのいい女じゃなきゃな。オカマはお断り」
「悪かったわね」
「あゴメン、ママは例外ね!」

 憮然と言い返すすみれに、片手を立てて朱点が詫びる。その片腕に飛びつき、絡めながら、毛を逆立てた茨木嬢が茨城になによ!と怒鳴った。

「紛らわしいわねアンタ! 男なら男って最初から言えばいいじゃない! 大体、いばらきなんて名乗んじゃないわよ!」

 吐き捨てるようにいう茨木嬢に、茨城はただ黙ってぺこりと頭を下げる。その様子に再び朱点童子がにっこりとほほえみかける。

「ね、キミなんで顔隠してんの? わけあり? 折角だしちょっと取ってみてよ」

 そういって手を伸ばす朱点から、よろけながら茨城が身を引く。言葉も出ない彼女を押しやり、すみれがその手を払った。

「駄目よ、この子はホントに駄目」
「いいから、俺が取れっつってんだよ。それとも、ハッテンも俺のもんにしちゃえばいい?」

 ぐ、とすみれが黙った。しかしすぐ瞳に力を込めなおし、冗談でしょ、と嫣然と笑む。

「アンタみたいな坊やに、オカマの頭領が務まるもんですか」
「ご挨拶だなぁ」

 ははは、と肩を揺らして朱点が笑った。笑いを下火にしても、唇の両端を釣り上げたまま、じっとすみれを見つめている。すみれはその視線に見事なウインクを返し、つ、と茨城の深編笠を指で色っぽくなぞった。

「この子はね、うちの中でもとびきり期待の新人なの。やっと見つけたアタシの後継者。アタシの技全部をこの子に仕込んでる最中なワケ」
「へえ! そりゃ楽しみだね、ママを越えられるかもしれないってこと?」
「そうね、時間はかかるかもだけど、アタシを凌ぐ逸材よ」

 話の成り行きが見えず、茨城がおろおろとすみれと朱点を交互に見る。茨木嬢は話に飽きたのか、取り付いていた朱点からあっさり離れ、店員を顎で使いながら好き勝手に陳列された商品を漁っている。

「でも、アタシが目にかけてるコって昔から結構やっかいごとに巻き込まれるの。怪我程度だったらいいけど、死んじゃったりもするし、そんなことになったら最悪でしょ? こんなコ早々いないわけだし。だから、デビューするまでは誰にも顔を見せないってことにしてんの。自衛と戦略。その方が儲かるでしょ」

 すらすらと淀みないすみれの弁舌に、ふーん、と朱点が適当な相づちを打つ。再度まじまじと茨城を見つめてから、成る程ね、と底の知れない顔で微笑んだ。

「そういうワケなら納得しよっか。俺も人様には蛇蝎の如く恨まれてるからね、気持ちは分かるよ。悲しいよねぇこっちは全く悪くないのにさ」

 どの面下げて、とすみれが小声で言った。おそらく朱点にも聞こえているだろうが、どちらもかまわないらしい。そうだ、と突如朱点が手のひらを打つ。

「じゃあさ、今度この子のデビュー祝いやろうよ。ぱーっと盛大にさ。いつがいいかなぁ、」

 再びスマホを取り出して、うなりながらスケジュールを確認している。ち、と再びすみれが舌を打つと同時に、朱点がああ、と頷いて顔を上げた。

「ちょうど一週間後だね。空けといてよ。楽しみにしてる」

 そういって、すみれが止める間もあればこそ、ごく自然な手つきで茨城に手を伸ばし、ポン、と深編笠の頭をなでる。

「がんばってね。応援してるよ」

 ポンポン、と二、三度軽く深編笠を叩いて、じゃあねと朱点がにっこりと笑う。そのままあっさりと身を翻して、茨木嬢に声をかけることもなくスタスタと店内を後にした。遅れて気づいた茨木嬢がちょっと! と憤慨しているが、既に後の祭りである。しかし、追うかと思いきや、彼女はフン、と鼻を鳴らしてそのまま何事もなく買い物を続ける。どうやら、夫より物欲優先らしい。

「アタシたちも行くわよ」

 すみれがいうが、茨城はなにも言わない。ぎゅっと握り締めている彼女の手を取り、すみれが引いてやると、そのままふらふらとついてくる。カウベルを押さえながら店外へ出、左右を確かめながら進み、ややあって、茨城がふう、と息を吐いた。

「申し訳ありません。大丈夫です」

 そういって、そっとすみれの手から己の手を引き抜く。すみれはちらっと振り返ったが、そのまま歩みを止めない。

「ごめんね、大変なことになっちゃった」
「いえ、それはわたくしの台詞です。お店にまでご迷惑をおかけして…」
「アンタが謝ることじゃないわ。これはハッテンに売られた喧嘩よ」

 あのくそがき、とすみれが歯噛みする。

「相っ変わらず性根の腐ったヤローだわ…、うかうかしてられないわね、誰か踊れるコを適当に仕込まなきゃ」
「ど、どうしましょう、本当にすみません、」

 取り乱す茨城の震えた声に、すみれは苦笑で返した。

「いいっつってんでしょ。アタシが言ったことよ、手前のケツは手前で持つわ。それより、問題はアンタよ」

 二人は足早に繁華街を抜け、雑多な路地裏に入った。くねくねと入り組む路地を抜け続けると、やがて地獄最大の歓楽街へ続いてゆく。最短距離のルートだが、複雑な地形は唐突に袋小路になったり、何度も同じところを行き来したりと、地元民でさえ迷いがちなため、人気はないに等しい。ようやく歩く速度をゆるめたすみれが茨城を振り返り、落ちた華奢な肩を慰めるように抱いてやる。

「このカッコ、特徴的だからね。もう使えないかもしれないわ。次見かけられたらはぎ取られるかもしれないし、他のカッコを考えなきゃね」
「…はい、」
「それでも隠す? もう、いいんじゃない?」

 茨城は無言のまま、白魚のように血の気の失せた手で深編笠を撫でる。滑らかな凹凸を指が滑り、また持ち上げ、滑り、を繰り返す。すみれが再び苦笑して、ポンポン、と組んだままの肩を叩く。

「ごめんね、余計なコト言ったわ。アンタの好きにしたらいい」
「…はい、」
「ん、じゃあ一旦この話おわり! 店に寄ってきなさい、お腹空いたでしょ」

 腹が減っては戦はできぬ、とすみれが言い、にっこり笑って茨城の背をバシン、と強めに叩いた。小さな悲鳴を上げる彼女に再度心地よい笑い声をあげ、小汚い路地裏に似つかわしくない麗人は颯爽と歩みを進めるのである。



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