第十三話


 結局その後は鬼灯の好奇心がほぼ落ち着いたらしく、聞き込みは終了となった。これで解散かと思いきや、なんとなく話の流れでそのまま飲みに行くことになる。数は少ないながら、水商売の方々に囲まれない大衆向け居酒屋に入り、静かに乾杯し、普通に飲み交わす。しかし、楽しいかと聞かれれば、大いに微妙である。本当、貴重な休みに何してんだ俺、と枳殻が自問している前で、なにを考えているか全くわからない鬼灯はむぐむぐとお通しの枝豆を口に運んでいる。

「お疲れさまでした。今日はお付き合いいただいて助かりましたよ」
「はぁ…、俺役に立ったんですかね」
「十分です。一人では悪目立ちしますからね」
「(そんな格好してるからじゃね…?)まぁ、お役に立てたのならなによりです」

 そこまでいって、再び沈黙が降りる。このまま、今日洗い出した茨城の情報を突き詰めてゆくのが当然の流れなのだろうが、何となく、言い出しにくい。それは茨城に対する後ろめたさでもあり、この漂う空気感でもある。鬼灯は今、今日耳にした情報を反芻するのをよしとしていない。理由は不明だが、何だかそんな気がするのだ。ちなみに枳殻の空気予想は降水確率程度には当たる。伊達に学生時代から縦社会で揉まれてはいない。
 しかしだからといって、この顔の怖い、格好のキテレツな上司と無言で飲み食いするわけにもいくまい。彼はいま、ぼーっとしているのか睨みつけているのかいまいち読めない顔で、ひたすらにビールを煽っている。
 話題、話題、と枳殻もジョッキに口をつけながら必死に考えていると、斜向かいの席でげらげらと笑い声があがる。まだ若い、おそらく学生のグループだ。その中の一人に染め抜いた赤毛を認め、そうだ、と枳殻の脳内で電球が点る。

「あの、朱点、でしたっけ。あのヤンキーっつーか、ホストっつーか、ハッテンでみたイヤに派手な人って」
「ええ」
「あの男がなんかしたんですか?」
「おや、ご存じありませんか。だめですよ、獄卒たるもの古今東西罪人については博識でなければ」

 罪人?と、都合の悪いところは聞き流す枳殻を知ってか知らずか、鬼灯はメニューを手に取り眺めながら頷く。

「まず現世での民間人大量虐殺疑惑、そのほか窃盗、婦女暴行、未成年略取疑義などなど、盛りだくさんの方です」
「え、そんだけしといてしょっぴけないんですか」

 枳殻の質問には答えず、鬼灯はウエイトレスを呼び止めてあれやこれやと注文をしだした。相変わらずすごい量である。テーブルに載りきる量にしろよ、と枳殻が黙って眺めていると、注文を繰り返したウエイトレスが礼をして去るのを見遣ってから、鬼灯が再度頷いた。

「鬼といえど、死後は十王の裁きを受けます。しかし朱点はまだ現世へのビザが緩かったときに向こうへ行き、暴れて、どさくさに紛れて帰ってきたクチです。なので証拠があやふやなんですよ。被害者も当時の権力者などが多く、この件に関しては証言せずに口を噤むんです。まあ、為政者のプライドとして鬼にしてやられたとは言いにくいんでしょうね」
「ふーん…、」
「まあ、放蕩癖は地獄にいても治らないようで、小さな諍いを起こしては厳重注意を受けているようです。烏天狗警察が何度か逮捕しようと動いたようですが、お父上の手前それも難しい」
「父親?」
「先ほどの、すみれさんでしたか、ハッテンのママも言っていたでしょう。彼の父親はこの界隈を仕切る地主です」

 語尾は周囲を警戒してか、低い声をさらに潜めて言い切った。そこへ、絶妙なタイミングで最初の料理が運ばれてくる。ポテトフライトと軟骨の唐揚げ、大根サラダというグッドスタンダードだ。

「手広く商いも行われている方で、なかなかの切れ者です。ただ父親は息子と違ってわりとよく逮捕されてますね」
「え、なんで」
「悪いことをしたからに決まってるでしょう。でもまぁ、取るに足らない罪が多いです。通行人を意味なく殴打したとかね。要するに周囲の溜飲を下げるパフォーマンスに近い」

 そこまでいった鬼灯が割り箸を割った。小皿にポテトフライトをとりわけ、塩をふり、豪快にほおばり出す。どうやらこの男は相手に了解を取らずに芋に塩をかけたり、唐揚げにレモン汁をかける者ではないらしい。妙なところで繊細な枳殻はこのことでだいぶ気を持ち直した。
 彼も箸をとり、パキンときれいに割る。

「パフォーマンスなんかする意味あるんですか?」
「まあ、私にもあまり理解は出来ないのですがね、おそらくはカモフラージュの意味もあります。他に大きな罪でも犯しているんでしょう」
「どんな…、」
「これ以上は内緒です」

 大の男が人差し指をたて、芋を租借する唇の前に持ってくるお茶目ポーズを披露した。この仕草は女の子がしてこそなのだな、と再認識した枳殻があっそ、と内心で呟いた時である。

「さすが鬼灯様、いやぁ、言っちゃうんじゃないかと冷や冷やしましたよ」

 そういって声をかけてきたのは、白皙に朱唇も艶やかな美少年である。色素の薄い髪をきっちり後ろで束ね、半色の淡衣を頭にかけている。白地の狩衣を纏い、高下駄で身長にサバを読んでいるが、小柄で儚げな相貌だ。誰、と枳殻が思う間におやと鬼灯が声を上げる。

「義経さんじゃないですか。珍しい、非番ですか?」
「いえ、早番であがったばかりです。弁慶と落ち合って呑もうと思いましたら、お見かけしまして」

 どうぞどうぞと鬼灯が席を勧めるまま、義経と言うらしい美少年が軽く頭を下げながら座る。枳殻が眺めているのに気づいたか、はじめましてと口にした。

「獄卒の方ですか? 初めまして、源義経と言います」
「あ、ども、枳殻です」
「義経さんは烏天狗警察の方ですよ。お若いのに指揮官を務める優秀な方です」
「へぇえ」
「いえいえ、」

 鬼灯の紹介に、美少年が照れたように笑って手を振る。追加のビールを注文し終えてから、先ほどの話題ですが、と義経が蒸し返した。

「このあたりでは無闇に朱点の名は口にしない方がいいですよ。最近はどこの店も神経質になっていますから」
「そんなにですか?」

 運ばれてきた堅焼きそばを取り上げ、鬼灯が返す。義経が馬刺におろし生姜をのせながら頷いた。

「父親もきな臭いですし、息子に至っては親の金で豪遊でしょう。しかも、仕切っているのが父親だからって無茶苦茶するそうです。なんどか出動要請があったんですが、こちらが到着した途端しおらしく引っ込んでゆくので手のつけようがありません」
「我々は獄卒ですからねぇ、基本刑場以外の地獄界でのいざこざは烏天狗警察の管轄ですし」

 あんかけに含まれていたイカの足をほおばりながら言う鬼灯に、義経が美少年に似合いのしっとりとした溜息を吐いた。

「わかっています。私たちも歯がゆくて夜も眠れぬ毎日ですよ」
「でも父親は逮捕できてるんですよね? 微妙な罪らしいですけど」

 どの辺から義経が聞いていたのかは定かではないが、確認も込めて枳殻が繰り返した。確かに、と義経が請け負う。

「鬼灯様も仰ったとおり、パフォーマンスとカモフラージュです。一応彼にも商売敵はいますから、一人で儲けすぎると命を狙われたり、他のライバルが結託して貶めようとしてきたり、いろいろあります。そういうものの落とし所として定期的に牢にはいるんですよ。我々は呈のいい便利屋扱いです」

 ちっ、と美少年の舌打ちである。堅焼きそばを平らげた鬼灯が刺身盛りに取りかかりだした。彼は既にビールをやめて熱燗を煽っている。

「私はあまり父親の方には興味がありません。どちらかというと息子が問題です」
「ふたり纏めて興味持ってくださいよ、同罪みたいなもんなんですから」

 抗議する義経が焼き鳥のモモ塩をほおばる。どうやら美少年はタンパク質がお好みらしい。現代っ子らしく小食の枳殻はこの二人の食欲についていけず、先ほどからちまちまと最初の軟骨唐揚げを口に運んでいる。

「まあ、息子の方も面倒なんですが。恐妻家の癖に派手に遊ぶから贔屓のホステスにしわ寄せがきたり…」
「え、嫁さんいるんですか」

 枳殻の疑問に頷いたのは猪口を傾ける鬼灯だ。

「いますよ、これも現世では有名な方です」
「げ」

 先ほどから不本意なところで不勉強がばれている気がする。枳殻が押し黙ると、気を使ったらしい義経がまあまあ、と取りなしてくる。

「朱点が現世で無法をなしていた頃はまだ独身でしたしね。こちらに戻ってから、親が取り決めた許嫁と婚姻を結んだんです」
「へぇー、詳しいっすねぇ」
「いちおう、警察ですから」

 照れる義経が頭をかく。鬼灯がまた新たに運ばれてきた鉄板のコーンバターをスプーンで掬い、小皿に移しながら、一説では、と付け加える。

「現世にも今の奥方を伴っていたという話しもあります。二人で大暴れしていたという説ですね。まあこれも証言があやふやなため、不確かな噂程度ですが」
「嫁さんの名前はなんて言うんですか?」
「自分で調べましょう。今日の宿題にします」
「…先生かよ……」
「知らない己を恥じるべきです」

 にべもない鬼灯の返答に、枳殻ががっくりと肩を落とした。






 その後、弁慶という名の大男と数名の烏天狗が義経を捜して現れた為、手狭な居酒屋を出て烏天狗警察馴染みの店に移った。そこは瀟洒な個室の料亭で、年輩の女将が心得たように奥座敷へ通してくれる。見るからに高そうな構えだが、先程の居酒屋の払いは当然のように鬼灯がすべて持ってくれた。どうやら今回も己の財布は痛まなくて済みそうだ、と安堵した枳殻は、ついつい羽目を外しすぎたのだ。他人の金で浴びる酒ほど美味いものはない、とは先輩の弁である。大いにその通りだ。
 新卒の安月給では滅多にお目にかかれない酒や料理の数々に、すっかり溺れてしまった。帰りますよ、と遠くで鬼灯が呼んでいる自覚はあるのだが、意識と体を動かす気持ちは切り離され、遠い世界の向こう側にいる。たまらず唸っていると、いかにも面倒くさそうなため息が聞こえ、ついでよっこいしょ、という声がする。途端、体が浮いた気がするが、まるで水の中にいるような心地で、気分は悪くない。そのままふわふわと揺られ、枳殻の意識は此岸と彼岸を行ったり来たり、おぼつかない。温い夜風が頬を撫で、首筋を擽るに至ってようやく、外にでたのか、と自覚する。もうちょっと、まだ少し、と抵抗を続け、どれほど経ったのか、ようやくしぶしぶと目を開けた。薄ぼんやりとした視界の先、いつまでたっても見慣れない、寸胴型の竹編笠が見える。

「…んぇ、茨城さん?」

 枳殻がむにゃむにゃと呟いた途端である。鬼灯が枳殻を担いでいた手を情け容赦なく放した。

「どわぁあ!」
「きゃあ!」

 枳殻の悲鳴に茨城のそれが重なる。慌てたらしい彼女が腰から落ちた枳殻に駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか?」
「い、っつつ…な、なにすんですか!?」

 枳殻の抗議の声は鬼灯の一瞥によって一刀両断である。

「起きたなら自力で立ちなさい。私はアナタのお母さんではありません」
「いやまぁ、そりゃそうすけど、もうちょっと猶予をくれたって罰は当たんないすよ…」

 まだ残る酒気も手伝って、ふらふらとする枳殻が腰をさすっていると、先に立ち上がった茨城がすっと手を差し伸べてくる。

「立てますか?」
「あ、すんません…」

 女性に支えて貰うのは気恥ずかしいが、茨城の柔らかそうな手の誘惑に速攻で負けた。枳殻は躊躇せずその手を握る。とはいえ、自力で立ち上がるつもりである。下半身を力ませたその矢先、ぐっと握られた手に力が込められる。あれ、と思う間もあればこそ、枳殻は体のどこに力も入れないまま、すっと立ち上がるのである。
 あれ。
 首を傾げた彼から手を離した茨城を呼ぶ声が挙がる。

「茨城、こっち来な」

 低い男の声に鬼灯とともに顔を向けると、あからさまにこちらを威嚇する男性が佇んでいる。イケメンである。そのイケメンは今、全力でメンチを切っている。何となく既視感を覚える光景だ。

「誰だよアンタら」
「職場の上司ですけど」

 鬼灯がさらっと答える。が、イケメンの胡乱な視線はそのままだ。

「嘘付け。アンタみたいな獄卒がいるか」
「いえ、本当に」
「ちょっとおいで」

 言い募る鬼灯を捨ておいて、取りなそうとしたらしい茨城の手を引いた。距離をとり、なにやらイケメンがごにょごにょと茨城の耳元にささやいている。

「あの二人だよ、昼間にアンタのことを探りにきたの」
「え!?」

 深編笠がぎょっとしたようにこちらを振り向いた。鬼灯と枳殻には二人の会話は聞こえていない。小首を傾げる枳殻と無表情で佇む鬼灯を眺め、なぜ、と茨城が困惑する。

「本当ですか…?何のために…、」
「知るか。ていうか知ってる奴なの? どういう関係?」
「あ、上司というのは本当です。あの背の高い方が官吏様で、もうおひとりは先輩です。お二人ともちょっと今日はお召し物の感じが違いますが」
「え、じゃあマジで獄卒なの!?」

 思わずの驚きに大声を上げたイケメンに、マジだよ、とちょっと枳殻がいらいらしてくる。誰なんだあのイケメンは。イケメンは爆発しろ。そして燃え尽きろ。
 その枳殻と鬼灯の前に、話が纏まったらしい二人が揃って戻ってくる。イケメンはまだこちらを威嚇してくるが、茨城は恐縮しきりのようだ。身を縮めて頭を下げる。

「大変失礼致しました、まさかこんなところでお会いするとは露とも思わず…、」
「いえいえ、こちらが突然声をかけたのが悪かったのです。お気になさらず」

 パタパタと手を振る鬼灯に、茨城がすみれを紹介しようとしたときである。
 あ!と枳殻が声を上げた。

「もしかして、旦那さん!?」

 三者が同時に首を傾げた。しかし一番復活が早かったのはすみれだ。ニヤリと笑い、茨城の肩を抱く。

「はいそうでーす、茨城の旦那でーす」
「いえ、あの、え?」

 困惑でおろおろする茨城の耳元へ、編笠越しに口を近づけ、いいから合わせな、とすみれがいう。ひとまず黙った茨城を認め、すみれは満足げな表情で獄卒二人を眺める。

「お二人は上司と先輩ですって? こんな時間になにしてるんですか?」
「仕事です」
「へえ、随分酒臭いですけど」
「仕事の終わりに呑んで帰っちゃいけませんか?」
「いーえ別に? ただ、こんな時間までここらで呑むなんて、流石獄卒の旦那は羽振りがいいですねぇ」
「はい、おかげさまで」

 お互いに浴びせかける舌鋒は容赦なく、触れれば切れ、合わせれば音が鳴る鋭さである。茨城も枳殻も口を挟むタイミングを失した。その間も切り結びは続いている。

「官吏様は茨城の上司なんですか?」
「私は統括に当たるので直属ではありませんが、まあそうですね」
「ふぅん、お偉い方なんですねぇ。そんなお偉い方が契約社員のこのコをご存じなんですか」
「あちこちに目端を利かせるのが仕事ですから。従業員はほぼ把握していますよ。特に茨城さんはある意味特徴的ですし」
「おや、やらしい言い方だ。なにか下心でもあるみたいに」
「そう聞こえる方に問題があるのでは?」
「そうかもしれませんねぇ。何せ、俺はこのコが心配で心配で。獄卒って難儀な商売でしょう。公務員なんて聞こえはいいけど、若い女にゃ過酷な仕事ですよ。まさかと思いますが、うちの茨城もこんな夜中まで働かせてる訳じゃないでしょうね。労働基準法守ってます?」
「女性の獄卒にはオスと違って細かい配慮もされていますよ。茨城さん、明日は早番では?」

 突然話を振られた茨城は驚きに肩を跳ねさせた。すみれに肩を抱かれたままぶんぶんと頭を縦に振る。

「はい、仰るとおりです」
「では早く休みませんと。一緒に帰りましょうか、官舎までお送りしましょう」
「え、あ、いえ、その、そんな、」

 茨城がうろうろと鬼灯とすみれを交互にみる。枳殻はもはや話の展開についていけずに棒立ちだ。そして、回った酔いも手伝ってだいぶ眠い。茨城が困っているみたいなので何とかしてあげたいが、どうにも思考が覚束ない。すみれがぐいと割り込むように茨城の顔の前あたりをのぞき込む。

「アンタ明日そんなに早いの?」
「はい、まあ、早朝からなので…、夜明けと同時くらいでしょうか」
「ふぅん、じゃあもう官舎とやらには帰らずに、ウチでいんじゃない?」
「ええ!?」
「いえ、外泊は事前申請が必要なのでダメです」

 すかさず降り下ろされた鬼灯の一刀両断に、すみれがぎろりと睨めつけるが、当の本人はどこ吹く風である。

「そもそも、ご結婚されている身で単身寮に入寮されるのも色々無茶なんですよ。部屋が余っているからいいものを」
「あ、そ、そうですよね、申し訳ありません…」
「うわ、キッツい。コッチにも色々と事情ってモンがあるんですよ!」
「そうでしょうね、ですから入寮は認められています。その上でこれ以上の特例は看過できません」

 尤もな鬼灯の言だが、尚すみれがいい募ろうと口を開ける。その口撃を制したのは、慌てて両者に割り込んだ茨城である。

「あ、あの!申し訳ありませんでした、実は、こちらも少し酩酊しておりまして…、官吏様の仰るとおりです。すみ…、あ、あの、今日はもう遅いですから、わたくしは官舎へ戻ります」

 名を呼ぶのを何とか思い止まったらしい彼女は、そのまますみれの腕を苦心してはずす。なんとも不満そうな顔をしたすみれの肩を押し、暫しお待ち下さい、と鬼灯らに言いおいて、再度彼らと距離を置いた。

「ちょっと、何で止めるのよ。人がせっかく親切で言ってあげてんのにさ」

 憤懣やるかたない様子のすみれにごめんなさい、と謝りながら、茨城は困り果てた様子で両手を合わせる。

「でも、確かにあの方の仰るとおりです。今寮を出ることになったら行くところもないですし…」
「いいわよ、またアタシんちにくれば」
「そういうわけには参りません! 一人立ちすると決めたのですから」
「頑固ねぇ〜」

 すみれが呆れ半分、関心半分で嘆息する。再度すみません、と茨城が恐縮する背後で、鬼灯があのー、と呼びかけてきた。

「そろそろ終電が来ますよ」
「あ、はい! …ではすみれさん、また近い内にお伺いします」
「はいはい、待ってるわ。…くれぐれもその男に用心すんのよ、アンタのこと探りに来たのは確かなんだから」
「わかりました」

 堅く頷いた茨城を認め、すみれも満足げに笑う。そのまま、じゃあおやすみ、と彼女を抱きしめて、粋に手を振って去っていった。その背が薄暗い街灯と派手なネオンの狭間に紛れて見えなくなるまで見送ってから、茨城は鬼灯達の元へ小走りで駆け寄った。彼は立ったまま寝かけている枳殻の腕を実に不本意そうに掴んで立っている。

「すみません、お待たせしました」
「いえ。では帰りましょうか」

 枳殻さん、しっかり歩いて、と些か面倒そうに言う鬼灯、それに支えられて唸る一方の枳殻、その後ろに所在なげな茨城が続き、珍妙な三人は人気のない終電へ乗り込んだ。


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