第十話


 翌日正午を過ぎた頃に、枳殻は黒縄地獄を出、衆合地獄に向かっていた。鬼灯から呼び出された時間には問題なく間に合う頃合いである。人のまばらな昼時の電車を乗り継ぎ、たどり着いた目当ての駅で降りる。するとそこは先ほどの静寂とは打って変わって、鬼やら獣やらでごった返す大遊技場が現れるのである。
 夜闇を圧倒するネオン街も、明るいうちではただのやや汚い街でしかない。本通りは小ぎれいだが、あちこちに出現する裏路地は薄暗く、ポリバケツにははみ出すほどのゴミ袋が詰め込まれ、得体の知れない臭いがする。だが平日の昼日中でも人通りは絶えることなく、あちこちで呼び込みの声がひっきりなしに飛ぶ。
 衆合地獄の歓楽街は特色ごとのエリアに割り振られており、全体的な規模はなかなかに大きい。度を過ぎると治安悪化の懸念に繋がると、一部婦人会などからの抗議が度々あるらしいのだが、不況に揺るがぬ財源としての魅力も甚だ大きく、結局は現在の大きさで落ち着いているらしい。必要悪、ということだろう。枳殻が鬼灯と落ち合う予定の場所は、夜干が仕切るキャバクラ街を抜けたところだった。粒揃いの狐たちを愛想笑いで辛くも買い潜り、開けた場所にでる。這々の体で現れた彼を出迎えるのは、決まりの涼しい顔である。キセルを吹かしていた手を下ろし、代わりに空いた片手をあげる。

「お待ちしてました。無事ですか」
「…あんまり。相変わらずすっげぇ勧誘ですね」

 はぁと溜息をついた枳殻が改めて鬼灯を見、そのまままじまじと凝視する。鬼灯が片眉を上げた。

「なんですか? なんかついてます?」
「いや…めちゃくちゃ私服だなぁ、と思って」

 ああ、と特に感慨もなく鬼灯が肯いた。己を見下ろし、肩を竦める。

「まぁ一応仕事なんですが、官服だと聞ける話も聞けないでしょうし。どのみち政経ニュースを見ている人くらいにしか私の顔は割れていないので大丈夫です」
「いや、まあ、そうなんすけど。なんか気合い入ってません?」

 枳殻が微妙な顔で呟いた。私服なら着流し一枚で問題ないだろうに、問題の鬼灯の装いは黄金と黒の市松模様と金魚草柄の襲ねである。紅色の帯を雑に締め、先程まで手にしていたキセルを挿している。ご丁寧に舶来の帽子を被り、銀縁の眼鏡という、どこからどう見ても手慣れた遊び人の出で立ちだ。

「TPOというやつです」
「やりすぎでしょ、逆に俺が浮くんですけど」

 枳殻はごく普通に普段着の小袖袴である。お忍びで、とは聞いていたので、申し訳程度にキャスケットを被っている。鬼灯は表情を変えずに肩を竦めた。

「いいんじゃないですか。いかにも一見という雰囲気の二人組でしょう」
「そんなもんすか…?」
「そんなもんです。さ、さっさと行きましょう」

 そういって鬼灯がきびすを返した。途端、話がまとまったと見たか、近隣店舗の呼び込み譲が色っぽく科を作り、主に鬼灯めがけて迫りくる。ちらとも動じずズンズン歩を進める彼の背をなんとなく面白くないながら枳殻が続き、やがて、目的地が姿を現した。
 このあたりの雰囲気と大きくは変わらない、東洋風の建屋である。始めに門を潜り、小径を進んだ先に店舗がある。その門は朱塗りの立派な丸太柱で支えられ、唐木のほんのり赤く色づいた庇から、大きな雪洞提灯がたっぷりと房を蓄え垂れ下がっている。扁額に屋号を掲げており、そこだけ青色ネオンが流麗な筆致で点滅し、現代的と言えばそうらしい。
 門を潜ると、少し和洋折衷となる。白石を敷き詰めた小径は店までの僅かな道程で細く二度左右に逸れ、回遊路となっている。小庭はきれいに刈られた芝生が敷かれ、所々にシダ科の植物が植えられており、小さな噴水が懇々と汲み水を吐き出しているのが見える。そばにベンチもあるのが何とも生々しい。
 そしてたどり着いた店内入り口のど真ん中には、羽根が生えた半裸の男性像が頭の上で腕を組み、両腋を見せつけるポーズを披露しながら鎮座している。ちなみに黄金だ。ものすごく邪魔だが、ものすごい存在感だ。今日もキャバレー・ハッテンは堂々たる店構えである。
 詳しいヒトの語るところによると、キャバレー・ハッテンは二部制らしく、歓楽業にしては珍しく昼間も営業しているらしい。ショーの類は夜間しか行われないため、客の入りは圧倒的に夜が占めているが、昼間はオーナー兼ナンバーワンキャストが出勤している為、割に彼、いや彼女目当ての常連やおのぼりさんでそこそこの繁盛ぶりという。

「私はお会いしたことはありませんが、話を聞くにはうってつけの人物でしょう」

 入り口の戸を躊躇なく押し開けながら、鬼灯がいった。途端、なんともムーディーなジャズがしっとりと耳につく。内装は完全に洋風で、窓を潰した店内はシャンデリアの黄身色でほんのりと淡暗い。

「いらっしゃいませぇ! 2名様?」

 すかさずレセプションの一人が歩み寄ってきた。ピンクのロングドレスもまぶしく、深いスリットから丁寧に脱毛されたごつい足がのぞく。鬼灯が頷いた。

「はい。初めてなので勝手が分からないのですが」

 うそつけ、堂々としすぎだろ、と枳殻が心の中で毒づいた。あらぁ、と受付嬢がうれしそうに声を上げる。

「まあまあ、じゃあオカマバーヴァージンってことねぇ! 興奮しちゃうわ!」

 鼻息荒くそういった彼女は、思わず無表情になった彼らを手招いた。案内されるまま客席の間を進むと、やはりなかなかに繁盛している。店内の半分は半地下で緩やかに勾配があり、下がった先のどんつきにショーが行われるステージがある。今は紅の緞帳がおりきっているが、そこにプロジェクターで熱帯魚が泳ぐ映像が投射されている。

「指名制なんですか?」

 席に座るなり、鬼灯が言った。おしぼりを手渡しながらうふふ、と嬢が笑う。

「どっちでもいいわよ。でもはじめてなんでしょぉ?最初は色々試してみたら?」
「そうしたいのは山々なんですが、我々は是非ともオーナーにお会いしてみたくて」
「あら、ママ? うーん、悪いけど今日はちょっと無理かも。さっきからあっちでなんか深刻な話してるのよねぇ」

 そういって指を揃えてあらぬ方を指す。声が取り繕うことなく男声なのだが、仕草はとことん女性的だ。何となく茨城を彷彿とさせて、枳殻は妙な気分になっていた。

「あらやだ、お兄さんたちも何か積もる話があるのかしら?」
「まあそんなところです。それに、知人からこちらのオーナーは特に美しいと聞いたものですから」
「知人? なんていう方?」
「白澤です」
「まぁ!」

 誰だそれ、と枳殻が首を傾げる前で、やだやだ、とあわてたオカマがさりげなく寄りかかっていた鬼灯から身を離し、立ち上がった。

「白澤様のご紹介? んもぅ、先に言ってよぉ! 人が悪いんだから! ちょっとお待ちになってて、」

 ぱんぱん、と嬢が手を二度打ち鳴らすと、すかさず二人のオカマがすすす、と歩み寄ってきた。失礼しまーす、とぞれぞれが鬼灯と枳殻の側に座る。

「話が落ち着いたらすぐ呼んでくるから、それまで楽しんでて頂戴な。ロビンちゃん、ギズモちゃん、あとよろしくね」
「はぁーい!」
「おまかせあれ〜!」

 二人のオカマが元気よく返事をする。どっちがどっちなのかは不明だが、金の巻き毛と赤毛の二人組だ。手慣れた手つきで水割りを作り、さっと手渡してくる。鬼灯が早速口を付けながら、なにやら鼻で笑った。

「あの馬鹿、まさかと思ったらやっぱりか」
「誰ですか? 白澤さんって」
「ただの俗物です。気にしなくていいですよ」
「? はぁ、そうすか」

 何となく言いたくないらしい鬼灯を察して、枳殻はそれ以上の追求をやめた。そんな二人を眺めていたらしい嬢二人は、会話の途切れを絶妙に察知し、まあまあ、と黄色い歓声を上げる。

「お兄さん方、男前ねぇ〜! こんないい男につけるなんて久しぶりだわぁ、興奮しちゃう!」
「やだロビンちゃん、あんた涎でてるわよ、はしたないわ」

 どうやら鬼灯についた金の巻き毛がロビンらしい。ギズモの言葉通り、舌なめずりするオカマは圧巻だ。
 ロビンが鬼灯にサムアップしながらすり寄った。

「もしかしてコッチの人?」
「いえ、断然ノーマルです」
「まあ残念。でもオカマもいいわよ、どっちでもいけるから!」
「確かに毎日退屈しないでしょうね。別の意味で」

 どんな会話だ、と枳殻は早くも頭が痛くなってきた。酔っぱらっている時の二件目、三件目としてならともかく、素面でオカマバーは精神的武者修行に近い。しかも彼らは声音以外完璧に女性なのでなおさら性質が悪いのだ。枳殻が遠い目をしながら水割りを煽っていると、胸の谷間を強調するぴったりしたミニドレスを身につけたギズモがしなだれかかってきた。

「お兄さんも?」
「はぁ、まぁそうすね。ていうか近いっす…」
「ヤダー!照れてる!くぁわいいんだからぁもう!ホントは両刀なんじゃないのー!?」
「………」

 思わず黙った枳殻に、鬼灯がハッとした顔を向けてきた。

「そうだったんですか初耳です」
「人で遊ばんといてください。あに言ってんすか」
「お二人はご兄弟?」

 指を鳴らしてフルーツ盛り合わせを取り寄せたロビンが訊いた。これは店側のサービスらしい。

「いいえ、職場の上司と部下です」

 鬼灯が首を振っていった。それは彼の口にさくらんぼを持ってきていたロビンへの拒否も兼ねている。

「へぇ、なんのお仕事してらっしゃるの?」
「なんだと思いますか?」

 手慣れてやがる、と枳殻が生唾を飲み込んだ。えぇー、とオカマは盛り上がる。

「なにかしらぁ。何となくお堅い雰囲気があるわよねぇ。でもこういったところに慣れてらっしゃるようだし」
「でもコッチのお兄さんはウブで可愛いわ。さっきからガッチガチよ、あたしの胸ばっかみてるし」
「ヤダ、そりゃアンタが勝手に出してるだけでしょ!仕舞いなさいよそんな汚いもん!」
「失礼ね!トータルでいくら掛かったと思ってんのよ!本物より本物らしいわよ!」

 客そっちのけで無意味な張り合いが始まった。オカマ二人はぎゃーぎゃー言いながらお互いの乳房をまさぐりあっている。鬼灯は涼しい顔でメロンの切り身を口に放り込み、租借しだした。枳殻がまーまーどうどう、と二人をなだめているところへ、ふっと影が射す。

「おやめなさいアンタたち。みっともないったらありゃしない」

 今時マントヒヒでもそんなことしないわよ、と言いながら、他と違い紫紺の着物姿も艶やかな黒髪ボブの麗人が現れた。流麗に裾を捌き、空いた席へよっこいしょと座る。ギズモが悲鳴に近い声をあげた。

「やだママ、マントヒヒなんて酷いわ!せめてもっとくびれた動物で例えてよ!」
「お黙り。胸があってごつい動物ならあれがぴったりよ。ごめんなさいねぇ、お兄さんたち。この子たち高須帰りで興奮してるのよ」

 高須とは例のあのクリニックだろう。片手を頬に当て、しっとりとため息をついたのち、麗人は背筋を伸ばし微笑んだ。

「すみれと申します。今日は初めてなのにご指名くださったんですって? とんだ玄人好みの方々ねぇ」

 ほほ、と唇に手を当てての高笑いが様になる、大層な美丈夫である。切れ上がった眦の猫目を濃紫のアイラインで囲み、盛られた睫は天を衝く勢いだ。陶器一片の肌に青髭の痕跡などは一切見受けられず、薄い唇にたっぷりとのるグロスも艶めかしい。仕草や格好も完全に女性であるが、正しく男の格好でいれば間違いなく女子供が黙っていないだろう。神とは古今東西残酷なんだな、と枳殻がしみじみ思っていると、麗人は色っぽく小首を傾げた。

「それで、お話って? 今日はあいにくと立て込んでるから、あんまり深くお付き合いできそうにないんだけど」
「おや、何かあったんですか?」
「ちょっとね」

 うふふ、と笑ってママ自ら水割りを作り直す。カランカラン、という氷の音が何とも心地いい。

「このあたりを仕切ってる元締めのボンボンが遊びに来るのよ。羽振りはいいんだけど派手でねぇ、女連れで来てオカマをからかうもんだから、うちの子も可哀想だし」
「あらやだママったら!あんなブスに比べたらあたしらの方が百倍美しいわよ!」
「おっぱいもちっちゃいしねぇ」

 あけすけな台詞はロビンとギズモだ。すみれがきりっと目をつり上げた。

「いいからアンタたち、裏行って準備してきな。ハリウッドばりにツラ造っといで」
「ヤダァ〜このままで十分美しいのに〜」
「ママったら辛辣ぅ」

 ブーブー文句を垂れながらも、嬢二人はさっさと立ち上がった。じゃあね、またね、と枳殻と鬼灯に手を振りながら、にぎやかに去ってゆく。
 律儀に手を振り返していた鬼灯が口に含んでいた水割りを飲み干してから、では、と仕切直した。

「時間もなさそうですし、手短に済ませましょう。お伺いしたいことがあるのです」
「いいわよ、アタシに答えられることならね。何かしら?」
「以前にここで勤務されていた方のことなんですが」

 小指をたてて同じく水割りを飲んでいたすみれが、そのまま目で促してくる。枳殻は成り行きを見守ることにし、カッティングの美しいパイナップルに無言で手を伸ばした。

「今うちの方で働いていただいているのですが、どうも経歴に怪しいところがありまして。前々職がこちらだったとありましたので、間違いないかとお伺いしたいのです」
「ふぅん、誰かしら。まぁ、ここで働いてる子はアタシが選んだ子たちだけだからねぇ。別にやましい子は一人もいないわよ。やましい身体はしてるけどね」

 さりげなく下ネタか。枳殻が思わず小さくむせたが、大人組二人は無反応である。

「男性しかいないのですか?」
「当たり前でしょ。オカマバーだし。女がいたらいじめ殺されてるわよ」
「でもあの、裏方とか会計とか事務とか、そういうのでも雇ってないんですか?」

 枳殻が思わずと言ったように尋ねると、すみれがウインクしながら首を横に振った。

「全員コッチ。手術してるかどうかは色々だけど、女は一人もいないわ」

 マジか。
 枳殻が思わず天を仰いだのを、すみれが不思議そうに見つめてくる。鬼灯は一人何度か頷いて、では、と続けた。

「あとはその方が本当にここに勤めていらっしゃったかどうけかですね。キャストの方の名前を出せば答えて頂けますか?」
「それは名前次第ね。中には教えてほしくない子もいるから、そのときは全部ノーと言うわ」
「結構です。茨城さん、というのですが」

 枳殻はそのとき、ずっとすみれの顔を見ていたため、その顔つきの変化をまざまざと目撃した。鬼灯が名を口にした途端である。涼しげな瞼がぴくりと痙攣した。

「…なんだてめえら、あのクソの使いかい」

 ドスの利いた低い声ですみれが吐き捨てた。盛大に舌打ちするなり、呆気にとられる枳殻らの前で荒々しく立ち上がる。

「姑息な真似しやがって、とっとと帰んな! てめえらと話すことなんかこれっぽっちもねぇよ!」
「え、いや、あの」
「うるせぇ! 御代はいらねぇよ!」

 すみれがそういって手を振ると、またしても颯爽とキャストが現れた。今度は打って変わってこれぞ玄人好みと言って差し支えない、2mを越す筋骨隆々のオカマである。こんな状況でなんだが、ブルーのドレスが全く似合っていない。
 その謎の生き物は座ったままだった鬼灯の腕をとり、軽々と立ち上がらせる。ついでのように空いた手で枳殻の首根っこを掴んだ。

「まずいことでも訊きましたか?」
「ぁあ?」

 怪物に腕を捕まれたまま、涼しい顔の鬼灯にすみれがメンチを切ってくる。完全に男子だ。

「なに言ってやがる、何度も何度も性懲りもなく来やがって。生憎あの子はここにゃいないね」
「前は居たんですね?」
「うるせぇつってんだろ! マリリン!」

 オス、とブルーの怪物が応える。マリリン!?と叫ぶ枳殻と鬼灯を軽々と引きずって進み、あっと言う間に店外へほおり出される。とどめのように塩を瓶ごとぶちまけられ、二度とくんじゃないよ! との捨て台詞で戸は閉じられた。
 呆然とする枳殻に対し、鬼灯は冷静に帽子に積もった塩をはたき落としている。尻餅をついたまま、枳殻が閉じた戸を見つめながらつぶやいた。

「マリリン…なんでよりによってマリリン…」
「枳殻さんのツッコミ体質には頭が下がりますね」

 冷静な鬼灯の指摘で我に帰ったのか、枳殻がのろのろと立ち上がった。服のしわに入り込んだ塩を払いながら、どういうことでしょう、と怪訝に訊く。

「茨城さんの名を出した途端でしたね…」
「使い、がどうとかいってましたね」

 鬼灯が思案顔で虚空を見つめる。そのままなんとはなしに沈黙が降りたが、やがてひとまずここをでようということになり、小径を並んで引き返した。門を潜り、どこか手近な茶店でも、と枳殻が提案しかけたときである。今し方でてきた立派な門前に、黒塗りの高級車が停まった。
 あからさまに気質の雰囲気ではない。やがて運転席と助手席からまず派手なスーツの鬼が降り、恭しく後部座席の扉を開ける。そして出てきたのは、派手な嬢を両手に携えた、いかにもといった男だった。
 白地に黒ストライプのスーツ、シャツは黄色にネクタイは緑と紺のドット、反り返るピカピカの革靴に、とどめのように燃え盛るような赤毛を逆立てている。なにやら豪快に笑いながら取り巻きを従えて、先ほど枳殻らが潜った門を越え、店内へ消えていった。なんとはなしにその様子を見守っていた枳殻の隣で、鬼灯がやはり、と頷いた。

「ボンボンとはあの方のことでしたか」
「…? お知り合いですか?」
「知り合いと言いますか、」

 帽子を被り直しながら、鬼灯がきびすを返す。

「烏天狗警察がマークしている人物の一人です。私も別件で追ってるんですが、なかなか尻尾を出さないと言うか、お父上が大物なのでおいそれと手が出せないんですよね。もうちょっと店内にいれば動向を探れたかもしれません。惜しいことをしました」
「へえ…あからさまにワル、って感じでしたしね」

 ああいう手合いには近づかないに限る、と枳殻が肩をすくめた。鬼灯が頷く。

「朱点童子、という名です。獄卒なら覚えておいてしかるべきでしょう」

 鬼灯が振り返り、キャバレー・ハッテンを見遣りながら言った。


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